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飯高城・飯高天神砦・飯高砦   千葉県匝瑳市飯高
令和7年(2025)1月29日 晴れ    参考地形図 八日市場/岩部

1.飯高城跡

 飯高城周辺は飯高檀林跡周辺を散策のため観光整備されている。檀林遊歩道利用者と飯高寺(はんこうじ)用の北駐車城を利用。駐車場からは短い間隔で、黄門桜・天神の森・飯高神社等の標識が多くある。駐車場から僅か上り、右斜めの裏参道へ入る。
北駐車城側の案内 このような標識が多く 右手が参道


 参道入口の右手奥は高い城塁(山の急斜面)が如何にも城跡らしい。上れば講堂の斜め後ろに出る。北側のトイレ先辺りに土塁が確認出来る。曲輪を形成していたのだろう。講堂の辺りが主郭とすれば背後を固める曲輪になる。

 匝瑳市観光協会さんのHPに拠れば、天正8(1580)から明治7(1874)まで名僧を輩出した飯高檀林は、日蓮宗最古・最大・最高の学問所でした。檀林とは栴檀林(せんだんりん)の略語で、僧侶の集まりを栴檀の林に例えた寺院の尊称であるとともに仏教の学問所を意味します。総門、鼓楼、鐘楼、講堂の4棟は国の重要文化財に指定されており、敷地全体は千葉県指定の史跡として保存されています、と載る。境内には檀林の流れをくむ「立正大学発祥の地」の石碑が建つ。
参道入口右の風景 講堂背後の土塁 講堂


 講堂の左斜め前に鼓楼が、右斜め前に鐘楼があり、両方とも背後に土塁がある。さらに総門方向に行けば、西(右手奥)端に土塁が見える。さらに先には左に堀がある。総門の西にも曲輪があり、堀があるらしいが確認しなかった。南端の総門下は急な階段で高低差がある。
鼓楼脇の土塁 大きく 鐘楼そばの土塁

堀手前の西端の土塁 総門方向の堀 堀を東から

西下の高低差 南の総門 総門から境内の風景


2.飯高天神砦跡

 飯高城の支城(砦)として機能していたらしい。北駐車場から飯高寺参道に入らず、車道を先へ行くと、やや上って下った左に小さな法福寺がある。南に開かれた参道を上らず、法福寺の境内を通り石段を上る。石段先は小さな曲輪らしいが、藪でよく分からない。前方は虎口状で左右に土塁が確認出来る。
法福寺を南から 長い石段 虎口、両側は土塁


 主郭内には天神社が建ち、南にも虎口風で参道が来ている。東端には浅くなった土橋・堀があり、先は細い平地で、尾根状になり下って行く。南下に公民館のある広い曲輪があり、土塁もあるらしいが、確認しなかった。
虎口から 砦跡の標柱・神社由来 西方向を

東の堀切、手前から 堀切を東から 東の尾根風景


3.飯高砦跡

 飯高天神砦同様に飯高城の支城()として機能していたとのこと。飯高檀林の南駐車場を利用。まず妙福寺山門をくぐり、境内に入る。檀林の当初の一年はこちらにあり、飯高寺へ移ったと載る。
南駐車場 妙福寺へ向かう 妙福寺 山門


 境内を通り抜け右奥の鳥居を目指す。鳥居からは長い急石段が続く。脇に砦跡の標柱がある。匝瑳市の統一された標柱なのか、10cm角の白い標柱を使用。
妙福寺 境内 神社下 鳥居 鳥居左の標柱


 途中に曲輪らしい平地を過ぎ、再度石段を上れば主郭にでる。社殿の左右には立派な土塁が設けられている。北には妙福寺背後の尾根の道がある。東下には藪化しているが腰曲輪らしい平地も見られる。社殿は倒壊予防のためか、太い木材で支えている。本殿を囲む瑞垣の彫刻、拝殿の龍の彫刻があり、匝瑳市有形文化財に指定されている。
石段登り途中 主郭から石段を見おろす 社殿を東から

社殿右の土塁 社殿左の土塁 主郭東下の腰郭



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